残暑が厳しい9月2日(日) 見野の郷交流館において「古墳まつり」が開催されました。 冒頭のあいさつで竹中隆一運営委員長は、「古墳まつりは今回で2回目となります。このまつりを見野の郷交流館の重要なイベントとして定着させ、交流を図っていきたい」と述べました。 また、嵯峨徹副市長は「見野古墳群を姫路の明日香村にしてください」とあいさつされました。 午前9時からの青空市場に引き続き、午前10時、オープニングイベントとして、花田中学校女子生徒有志による小川姫太鼓の演奏と古川ふさ子さんらによる新舞踊が披露されました。動と静の競演に観客から大きな拍手がおきていました。 また、11時からは女性コミュニティ活動推進事業として市より認定を受けている食文化まつりが始まりました。中華料理、韓国朝鮮料理、ベトナム料理及び地元の茶がゆ、古代おにぎりが味わえるとあって、会場は人でいっぱいとなりました。用意された1500食はあっという間に完売となり、参加者はどの顔も満足そうでした。 午後からは会場を見野古墳群和光公園に移し、立命館大学による発掘調査現地説明会が行われました。 昨年に引き続き、酷暑の8月に発掘調査が行われ、この日の現地説明会となったものです。(9月以降も発掘は継続されました) 現地説明会と同時に、見野古墳群を巡るスタンプラリーが行われました。6号墳(双室墳)や10号墳(姫路の石舞台)などはよく知られていますが、それ以外にも多くの古墳があり、それぞれに違った顔があることを知ってもらうよい機会になりました。 スタンプラリーに参加した人にはもれなく素敵な景品がプレゼントされました。 最後に、「見野古墳群の発掘調査を終えて」と題して、立命館大学の南部裕樹先生と和田晴吾先生による講演がありました。ロマンあふれる話に、100人を超える聴講者は熱心に聞き入っていました。
▲昨年見野古墳群から発掘された遺物。古墳まつりに際して立命館大学より借り受け、当日かぎり展示されたもの。興味深げに覗き込む見学者に対して学生が丁寧に説明していました
現地説明会に先立つ8月31日(金)発掘責任者の南部裕樹立命館大学講師より、見野古墳群3号墳と6号墳の調査結果が発表されました。 姫路市埋蔵文化財センターと立命館大学は、平成17年度より見野古墳群の調査を共同で行っており、初年度は測量調査、昨年度から発掘調査を行っています。最終年度となる今年度の調査で、古墳群の様相がより一層明らかになってきました。 見野は、『播磨の国風土記』に「美濃里」として記載されているように歴史のある地です。見野古墳群は古墳時代後・終末期の古墳群で、巨石を積み上げた横穴式石室など10数基が確認されています。市川左岸を治めていた権力者とその一族が葬られていたと推測されます。 昨年全長11mの大型石室であることが判明した3号墳では、石室奥の床面には石敷がなされており、前の部分よりも一段高い特殊な構造を持つことがわかりました。埋葬者を大切に扱う行為の表れで、県内の古墳では珍しいものです。3号墳からは、須恵器、装身具、鉄器が出土しました。 6号墳は、全国で20例確認されている1つの墳丘に2つの並列した石室をもつ双室墳で、「国内最古級」の6世紀後期のものであることがわかりました。2つの石室は、奥壁の位置がほぼ一直線上に並んでおり、主軸も平行していることから、比較的高い設計・測量の技術を用いて同時に構築されたと考えられます。6号墳からは、須恵器(杯身・杯蓋・堤瓶・甕)、装身具(金環・銀環・水晶玉・管玉・ガラス玉)、武器(刀剣)、馬具(轡)など豊富に出土しました。最初の埋葬は、東石室のほうが西石室よりやや早く、追葬が行われていたことも判明しました。 南部講師は、今回の発掘でこれほどの成果が上がるとは思わなかった。得られた資料は当時の地方を考えるうえで非常に貴重なものだと述べました。 来年度、立命館大学より詳しい報告書が出されることになっており、その後遺物も返還されます。交流館に展示できる日も遠からずやってきます。
見野古墳群の看板設置(4箇所) 見野古墳群保存会の活動が市の提案型協働事業に認定
「見野古墳群」の看板をご覧になったでしょうか。この看板は、姫路市埋蔵文化財センター、見野の郷交流館、大年神社境内、バイパス東ランプ北の四箇所に設置されています。 見野古墳群保存会の活動が姫路市提案型協働事業として認められ、その活動の一環として、市より一部補助を受けて設置したものです。 地域や社会の課題解決に向けた、行政との協働事業を市民活動団体である見野古墳群保存会が市に提案し、認定を受けました。